2014年10月24日金曜日

スティーブ・ジョブズ流が日本を救う道であるワケ(後編)(page 2) - 技術経営 - 日経テクノロジーオンライン

スティーブ・ジョブズ流が日本を救う道であるワケ(後編)(page 2) - 技術経営 - 日経テクノロジーオンライン:

製品リデザインを可能にする

 リデザインといっても、製品の機能を単に高めるものではありません。まったく新しい切り口で消費者に受け入れられる製品そのものを、新しくデザインし直すということが必要です。
 もう5年以上前になりますが、Linuxを携帯電話に組み込むという興味深いアイデアを持っていた関西のあるベンチャーと大手のメーカーが共同で、製品開発を行ったことがあり、私もその動向に注目していました。しかし残念ながら、このプロジェクトではプロトタイプは完成したのですが、実際にこれを動かしてみるとバッテリがあっという間に消耗してしまい使い物になりませんでした。
 ここには問題がいくつかありました。容易に推測できるのは、消費電力を削減できる新しい省電力のLSIを設計できずに汎用品でプロトタイプを作ったことです。これは製品開発の体制に問題があったと考えられます。一部署のテーマであったために予算が充分に確保できずに中途半端な試作品しか作れなかったのでしょう。
 もしこれが会社トップが関与するプロジェクトであったならどうだったでしょうか。たぶん製品開発とうまくいけば事業化まではできたでしょう。しかしそれがビジネスとして成功したかどうかは怪しいものがあります。当時、WindowsCE等を搭載した携帯電話は存在していましたが、普通の消費者の圧倒的な支持を得られなかったこういった製品と同じ運命をたどったことでしょう。ベンチャー企業による技術主導の面白い技術的アイデアは詰まっていたでしょうが、それが一般消費者にとって魅力があったかといえばそうではなかったといわざるを得ません。やはり、機能や技術主体の発想によるものだったからです。
 このように、この時点で世の中にはさまざまなアイデアや技術は既に存在していたのにも関わらず、それらをどう組み合わせて消費者に受け入れられる、それも今までにない新しい製品を作るのかといった製品コンセプト作りはなかなかうまくいきません。結果的に携帯電話の世界を震撼させるような斬新なコンセプトを持つものはiPhoneが世に出てくるまで待つしかなかったのです。
 では、どのようにすれば今までにない製品をリデザインすることができるのでしょうか。
 その答のひとつをスティーブ・ジョブズが実際に提示してくれました。ビジョンを持ち、それに基づく製品やビジネスのコンセプトを創り上げることのできる人物に権限を集中させ、さまざまな才能を持つ有能な人材でチームを作り、そのチームを実際に機能させる組織モデルです。そして製品だけでなく、ビジネスそのものまでリデザインさせていくことを可能にするのです。
 1999年にアップルの展示会でジョブズは意表を突く演出をしました。その年に亡くなったソニーの盛田氏の遺影をプレゼンの最初に大きく映し出し、アップルの新製品を披露するよりも先に盛田氏の業績について語ったのです。ジョブズは過去に「ソニーはアップルの目標」とまでいっていたのですから展示会でのこの行動も頷けます。かつてのソニーにはジョブズの師ともいえる人物がいたのですから。
 盛田氏だけではありません。CCDの岩間氏、プレイステーションの久多良木氏というように、かつてのソニーの製品には、その事業を引っ張ってきた顔が見える人物が存在していました。
 だからこそ、ソニーは他に先駆けて新しい製品を作り出したり、リデザインしたりすることが可能だったといえるでしょう。今の日本企業の多くには、残念ながらこういった人材が不足しています。そして育てる能力や余裕が損なわれているだけでなく人材を逆にスポイルさせている面が見られるのです。考え方に枠をはめ込み、その能力を知らず知らず奪っています。
 製品開発には、技術だけでなく文化や感性、周りを取り巻く社会的な動きまでをも理解し、そこから人びとの求めているであろうものを作り出す能力が必要になります。今の日本企業には、今こういった人材があまりにも乏しいのではないでしょうか。
 製品を開発するということは、文化を開発するということと同義であることを理解する必要があるのではないかと思うのです。例えばウォークマンは、それまであったラジカセからスピーカーを削ぎ落し小型化することで、新しい個人のための音楽文化を開発することにより成功したのですから。
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2014年10月16日木曜日

挑戦、本田宗一郎物語/第4話-ホンダウエイ-|山形apron

挑戦、本田宗一郎物語/第4話-ホンダウエイ-|山形apron:

2011年06月04日(土)
テーマ:



ホンダの

正式な会社名をご存知だろうか?



” 本田技研工業株式会社。 ”





トヨタ自動車。。。


日産自動車。。。



ふつう。。。


会社の名前には、


 ”自動車”という文字が出てくるのだが。。。




ホンダの会社名に、


自動車という文字は見当たらない。



なぜか?



それは、

ホンダは、


自動車だけを


つくっている会社ではないからだ。



オートバイ、


ジェット機、


北国で冬の間、大活躍する除雪機、


人型ロボット(ASIMO)、



そして、

あまり知られていないが、


ホンダは、


お米もつくっている。


ホンダのお米は、


じつにうまい♪


”ホンダヒカリ” 


”ひとめぼれレジェンド”





ホンダという会社は、


むかしから社長室がないことで有名だ。


その為、風通しが良く、


独創的なクルマが、次々と登場してくる。


ホンダでは、


工場のことを、工場とは呼ばない。


”製作所” と呼んでいる。



こういう 

細かなところにこだわる姿勢が、


”ホンダらしさ” なんですね。


ホンダが、


まだ静岡の小さな町工場だったころ、


本田宗一郎は、


朝の朝礼で、ミカン箱の上に乗り、



”これから世界に挑戦する。”



”イギリスのマン島レース(世界最高峰のオートバイレース)で優勝する。”


と、社員たちを前にして宣言します。




それを聞いた社員たちは、



ぽか~ん


。。。。。。。。。。。。。。






むりもない


社員が


唖然とするのは当たり前だった。



なぜなら。。。


本田宗一郎が、


”マン島レースにでるぞ!”といった時の、


ホンダという会社の実力はどうだったのかというと、



マン島で勝つ力を100とした場合、


ホンダの技術レベルは、


この時、


せいぜい30程度だったと言われているからだ。





まともな人間の考えることではなかった。


おまけにホンダの経営状況は、この時かなり厳しかった。



レースに、お金を回せるだけの研究開発費などひとつも無かった。



ホンダの社員たちは、困惑した。。。



クルマの品質の問題、


クルマの量産の問題、


会社の資金繰りの問題、などなど難問山積だった。



とてもレースどころではなかった。



しかし、


ホンダは、どこまでもホンダなんですね。





一度

やると決めたら、


やる会社なんです。




結局、

その無謀(むぼう)な挑戦が、


社員のモチベーションアップにつながり、


お祭り男たちを


本気にさせてしまう。



”もしレースに負けたら切腹する。”


”レースに負けたら日本には帰らない。”という気持ちだったと当時の社員たちは振り返る。


だからこそ、


以前、


ホンダがF1レースを撤退するというニュースが流れたとき、



ライバルのトヨタ自動車は、


誰よりも驚いたと言われている。





なぜなら、


トヨタの人の言葉を借りれば。。。





”世界の自動車メーカーの中で、


 ホンダとフェラーリという二つの会社は、

 
 根本的に


 考え方が違う会社なんです。



 ふつうは。。。


 つくったクルマを売るための


 宣伝方法のひとつとして、自動車レースに出るものなのですが、



 あの二つ会社、


 ホンダとフェラーリという会社は、


 レースに出る為に、


 お金を稼ぐために、


 しかたなく


 市販車をつくって売っている会社なんですから。”







1961年、

イギリス マン島レース



ホンダは、

125cc、250cc両クラスで、


1位~5位までを完全独占。


優勝タイム。

最速ラップなど、すべての大会記録を更新してしまうのだった。



そして、


その後、


環境問題がクローズアップされてくると、

排ガス規制のマスキー法という国際協定が出てくるのだが、


世界中の自動車会社からは、




”こんな厳しい環境基準をクリアーすることは絶対不可能だ!” との大合唱がおこった。




そんななか、


本田宗一郎はどうだったのかというと、



”これは大きなチャンスだ!”と思ったそうだ。




もともと。。。


ホンダという会社はオートバイ作りからスタートした会社だった。

なので、


自動車を作り始めて、


まだ間もない頃、


ホンダの自動車の技術レベルは、


どのメーカーよりも低かった。。。


それが、今では他社に追いつくどころか、世界最高峰のレースで優勝するまでに成長している。



本田宗一郎は吼えた(ほえた!)。



”みんなが絶対出来ないと言っているんだ。”


”おれたちでやってしまえば、一番になれるチャンスだろう。”


”こんなチャンスはめったにないぞ!”




そして、

本田宗一郎は言葉通り、

世界ではじめて、

厳しい環境基準のマスキー法をクリアしたクルマの製造に成功する。



世界中の自動車会社は。。。



”。。。。。。。。。。。。。。。。”



”ホンダって会社。。。なにもの。。。。”



”どこの国の会社。。。”





ホンダの元社長で、


F1レース撤退の決断を下した、

ホンダ6代目社長の福井威夫(ふくい たけお)さん。

彼が

ホンダの入社式で新入社員に語りかけたエピソードを紹介したい。




”きみたちが入社して、ホンダウエイを学ぶのもいい。

 しかし

 君たちが何か持ってくる。

 
 何かしなければ、


 明日のホンダはないんだ。

 

 ホンダを変えることにこそ、自分たちの価値があるんだ。

 

 ホンダのために働くと考えること自体、

 
 すでに、それは、もうホンダじゃないんだ。

 
 人がなんのために働くのかというと、

 
 会社のためじゃない、


 自分のために働くんだ。

 
 それは、いつの時代も、世界中どこでも共通だ。”

 



ホンダの6代目社長、

福井 威夫(ふくい たけお)さんは、

ホンダのF1レース撤退を決断した男だ。

彼は、

あまりF1レースに関心のない男だったのかというと、そんなことはない。

まったく違う。

彼はHRC(ホンダレーシング)の社長だった人なのだから。。。


1985年、

スペイングランプリで、創業者の本田宗一郎から

”勝つにはこのままじゃだめだ!”と怒鳴られても、

彼は、

自分の技術と選手を信頼し、創業者の意見を無視した男なんです。

そして。。。


無視して優勝してしまった男なんです。


福井さんには

宝物があるそうです。


それは、その時に本田宗一郎からもらった手紙だそうです。


その手紙には、

らんぼうだけれど あたたかな字体でこう書かれていたそうです。



 がんばってください、期待しております 


                      本田宗一郎





再度、同じ話をさせてもらう。


ホンダの

F1撤退の話を聞いたトヨタの幹部は、ずいぶんと驚いたそうだ。

なぜなら、ホンダとフェラーリだけは、

レースをするために、しかたなく市販車を売って資金を稼いでいる。と言われている

会社だったからだ。


市販車を売るためにレースに出場している

トヨタとは考え方がまるでちがう会社だったのだ。

そしてトヨタも、

ホンダF1撤退のニュースが流れたあとすぐに、F1撤退を宣言したのだった。

ホンダの決断の早さをものがたるエピソードだ。



最後に、

ホンダ6代目社長、福井 威夫(ふくい たけお)さんの話をひとつ。


記者が福井さんに質問する。


”福井さんは、どんな時に充実感、達成感を感じますか?”



すると

福井 威夫は、迷わず こう答えている。


”最近で言うと、

 ハンガリー(F1ハンガリー大会/ホンダが優勝したレース)ですね♪

 
レースというのは


結果がすべてで、


2位以下は全部ダメなんですよ。

 
そのかわり


勝った時の気持ちは最高ですよ。”
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2014年10月7日火曜日

日経プレスリリース

日経プレスリリース:

積水化成品、CFRPとの複合化可能な特殊ポリエステル系耐熱樹脂発泡体を開発

CFRPとの複合化可能な特殊ポリエステル系耐熱樹脂発泡体を開発


 積水化成品工業株式会社(本社:大阪市北区西天満2-4-4 社長:柏原正人)は、炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)と複合化する際に、より高温・高圧下でハイサイクル複合化が可能な特殊ポリエステル系耐熱樹脂発泡体(2種類)の開発に成功しました。金属製の構造体からの転換で軽量化をはかることができます。


1.開発の経緯
 近年、環境問題・エネルギー問題から、航空機や自動車分野では、消費燃料の効率化のため、構造体重量の軽量化が課題となっており、金属から炭素繊維強化プラスチックス(CFRP)等の、より高強度なプラスチックス材料へ置き換える動きが活発になっています。
 当社は、得意とする樹脂発泡技術を活かし、より軽量でコストダウン可能なCFRP複合体(サンドイッチ構造)を得るため、CFRPと複合可能な耐熱発泡プラスチックス素材の開発に注力しています。CFRPと複合の際に重要な点は、加圧強度に耐えることと、高温での成形に耐えることですが、汎用プラスチックス(PS、PE、PP)の発泡体では耐熱性において問題があり、エンジニアリングプラスチックスの発泡体での研究開発を進めています。
 現在当社では、アクリル系樹脂発泡体(当社商品名「フォーマックHR」耐熱温度150℃)を販売し、CFRPとの複合分野の各種ニーズにお応えしています。
 この度、さらに高温・高圧下におけるハイサイクル複合化のための特殊ポリエステル系耐熱樹脂発泡体(耐熱温度180℃)2種類(ビーズ発泡体、シート発泡体)の開発に成功しました。

 ※参考画像は添付の関連資料を参照


2.特殊ポリエステル系耐熱樹脂発泡体の特長
(1)ビーズ発泡体
 ・高い耐熱性と寸法安定性(180℃において、10/1000以下の寸法収縮率)
 ・成形性に優れ、切削加工も容易(成形自由度がアップ)
 ・型内成形なので、成形時の材料ロスが軽減可能で、コストダウンに寄与
 ・CFRPの空間層に注入することで、高温・高圧下での同時成形が可能
 ・密度:約100kg/m3~450kg/m3(成形品倍率約3~13倍)

(2)シート発泡体
 ・高い耐熱性と寸法安定性(180℃において、10/1000以下の寸法収縮率)
 ・成形性に優れ、切削加工も容易(成形自由度がアップ)
 ・薄物での供給が可能(単層:0.8~3mm、積層:5~10mm)
 ・CFRPとのサンドイッチ構造でより薄い複合体での同時成形が可能
 ・密度:約150kg/m3~270kg/m3(成形品倍率約5~9倍)


3.今後の展開
〈販売想定分野〉
 ・自動車分野(構造体の軽量化)
 ・産業用ロボット分野(ロボットアームの軽量化、制御機能の向上)
 ・先端医療機器分野(X線透過率が高い)
 ・高周波対応アンテナ、レーダードーム分野(高周波による加熱影響が少ない)など、CFRP用途への分野展開を模索中です。

〈販売計画〉
 2014年下期よりサンプルワークを開始し、2015年度より販売を開始する予定です。


以上
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2014年10月6日月曜日

幼児期に必要な「3つの力」とは? 密着レポート(2) WEDGE Infinity(ウェッジ)

幼児期に必要な「3つの力」とは? 密着レポート(2) WEDGE Infinity(ウェッジ):

して誇りを持って自分らしく生きていく。そんな子どもを育てたい」
 風の谷幼稚園が掲げる教育目標を端的に言い表すならば、この一言に集約される。
 では、「誇りを持って生きていく」というのは、どのような状態を指しているのだろうか? また、3歳から5歳の幼児が「誇りを持って生きていく」ことなどできるのだろうか? この質問に対して天野園長は答える。

幼児期に身につけておくべき「3つの力」

 「誇りを持って生きるとは、言葉を換えれば、自信を持って生きるということです。自分の可能性を信じ、自らの手で未来への夢と希望を描ける。そんな子どもを育てるためには、幼児期に必ず育てておかなければならない『3つの力』があります」
 そして、その「3つの力」とは、以下の内容だという。
1) 生活力(身辺の自立)
    (ア) 衣服の自立…着脱、衣服や持ち物の管理、状況に応じた服装ができる判断力など
    (イ) 食の自立…食べることへの興味・関心を高める、味覚を育てる、食べるための道具を使
          いこなす技術の獲得など
    (ウ) 排泄の自立…朝の排便習慣の獲得、健康管理への関心を高めるなど
2) 人や自然と交流できる力
3) 「問題は必ず解決できる」という思考力
 なお、この『3つの力』については第3回以降で詳しく解説するが、これらは天野園長自身の豊富な教育経験に基づき確立された、時代や環境が変わっても幼児教育に決して欠かすことのできない力である。そして、風の谷幼稚園の教育カリキュラムは、すべてがこの『3つの力』を育てるために設計されている。

「何かがおかしい」この時代
改めて躾の大切さを問う

 ところが、この幼児期に身につけさせるべき力が「大人の勝手な理屈によって十分育てられていないのではないか」という危機感があるという。その一例が「価値観の多様化」という言葉の一人歩きだ。
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